幸せな生き方

2008.06.21

同郷というファクター

テレビマンのマイミクながさわ屋くんが主催する
岩手県出身者ばかりの親睦会(という名の呑み会)
「岩手県人会Jr.」なるものにお呼ばれしてきました。

まぁ、「ジュニア」とか言っても
出席者の大半はアラフォー世代。
いい年こいた二世議員が未だに「若手」と呼ばれて
いるのと、文脈的にはほとんど変わりなし(笑)。

同郷出身者が営む居酒屋で地酒と郷土料理を楽しみながら
まったくの初対面同士が「故郷が同じ」というだけで
10年来の友人のように一瞬でうちとけ合う不思議な空間。
それって、メンバーのほとんどがマスコミ関係者や
広報担当者で、ふだんから人慣れしているせいなのか
それとも、某番組で「お人好し度」ランキング第1位に
堂々輝いた県民性のせいなのか。

いずれにしても、うっかりビールをチェイサーに
どぶろく呑んじゃうくらいの楽しい時間でした(^_^;)。


たまたまカウンセリングの向上研修を受講中ということも
あるけれど、「好意的関心」をもって相手に接するって
本当に大切なことで、それは相手が気持ちよく心を開いて
くれるってこと以上に、自分にとって世界を広げていく
カギになるんだなぁということを再認識。

相手にとって良いことは、実は自分にとって
その3倍ぐらいもっといいってこと。
これぞwin win の関係、アサーティブコミュニケーション!
出し惜しみをしちゃいかんのだ、とかなんとか
理屈っぽいことを酔っぱらったアタマで考えてたあたし。

「同郷」って初めて会う相手に対する緊張感を
無条件で好意と関心に変えてくれる魔法のファクター。
こんな出会いが増えていけば、世の中から悲しい事件や
陰湿なハラスメントが随分なくなるような気もします。


某ドイツ車メーカーのGくんのアテンドにより
次回は「ドイツで県人会」なんていう無謀な夢も(笑)。
次回の開催が今から楽しみでございます。

ながさわ屋くん、誘ってくれてありがとう(^-^)。
次はあべのまわりの県人さん方もお誘いしたいと思います。

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2007.05.30

ちょっと怒ってるよ

目の前で起きている現実がどういうコトなのか
まったく理解ができない。

祭壇なんか組んじゃって
なんだかスタジオのセットみたい。
このジョークにはどういうオチが待ってるの?

ねぇねぇ、どうしてその写真選んだの?
何年前の写真よ。どんだけ若く見られたいんかい。
せっかく眼鏡がトレードマークなんだからさぁ
眼鏡の写真のほうがあたしはよかったと思うなー。
だいたいそのほうが知性的じゃん?

どんだけツッこんでも返ってくる言葉はない。
答えろよ。なんて失礼なヤツなんだ。

手を合わせたってちっとも神妙な気分にならない。
お悔やみの言葉なんか出てこない。

41歳で仕事仲間が亡くなった。
ちょっと音沙汰がないなーと思っていたら
ガンであっという間に逝ってしまった。

参列者の顔は、みんな怒りに満ちていた。
あたしの中にも「いったいどういうつもり?」とか
「ふざけんな!」とか毒づく言葉しかでてこない。
でも誰に? 彼に? 神様に?

職人気質のもの書きだった。
自由適当を信条としているあたしとは対局にいるタイプ。
相性ははっきりいってあまりよろしくなく、飲み会で
議論になって険悪な雰囲気になったこともあった。
でもだからこそ、ときどき観念したように発してくれる
「いや、あべさんさすがだよね」という
リップサービスを聞くと誇らしい気分になれた。

もうほめてくれないの?
げー、こんな仕事、あたしにはできないよって
悔しい思いをさせてくれないの?

こんなにみんなをやるせない気分にさせて
そのままいなくなるなんてひどいと思う。

みんなが行き場のない思いを抱えて立ちつくしていた。
ご冥福をお祈りします、なんて言えない。
当たり前のようにこんなセリフが言えるのは、どこか
他人事の死だけに対してなのだと初めて知った。

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2007.01.19

頑張れ、ワーキングマザー

1年半ほど前、このブログでもヒィヒィいいながら
取得までの道のりを書いていたキャリアカウンセラーの資格。

「で? 取ったはいいけどその後どうなってるのさ?」

と、気になっているみなさん(いないか、そんな人)。
へっへっへっ。
一応活かしてんですよ、これでもちゃんと。


実は昨年の年末あたりから、取材でもたびたび
お世話になっているキャリアカウンセラー・弓ちひろさんの
活動に混ぜていただいて、セミナー講師(のアシスタント)や、
ワーキングマザーや復職を考えている女性への
キャリアカウンセリング(の見習い)なんかを
ちょこちょこやらせてもらっているあべなんである。


昨日も、県境を電車でえっちらおっちら2つもまたいで、
橋本にあるソレイユさがみ男女共同参画推進センターへ。

今回は、育休満期を控えて職場復帰する
ワーキングマザーのタマゴさんたちを対象にしたセミナー。
託児所つきセミナーだったので、1歳未満の赤ちゃんも
大量にご来場。ぷっくりほっぺにプニプニあんよ。
くぅ〜っ、かわいい!なんてなつかしい、この感触、匂い!

今までべったりママと過ごしてきて、今日が託児所
デビューという赤ちゃんがほとんど。
見たこともない場所に連れてこられて、しかもママと
離ればなれとなれば、大絶叫の嵐が施設中にこだまする。
「ぎゃぁ〜!」「いや〜っ!!」「ママぁ〜〜っっ!!!」

そんな我が子の様子にオロオロするママたち。
「ホントに私、子どもを預けて働けるの…?」
そんな不安が表情にありあり。


でも、大丈夫、大丈夫。
保育園に預けても1カ月もすればケロッとしたもんだって。
生後6カ月で保育園デビューして、預けるときに泣かなく
なるまで半年以上かかった号泣大魔王のいつきだって、
今や親も舌を巻く八方美人。どんな環境だってバッチこいよ。
これってゼッタイ保育園ベビーだったからだと思うもの。

一概には言えないかもしれないけど、保育園はいいよ。
たくさんの人に子どもを育ててもらっていることの
心強さ、親以外のたくさんの価値観にふれて柔軟な
考え方をする子に成長しているんだな、ということを
実感するたびに、周囲への感謝の気持ちもわいてくるし。
なんといってもさ、断乳とかトイレトレーニングとか
離乳食とか、働きながら一人でやってたら、鬱入って
来ちゃいそうなイベントごとを分担できる気楽さも大きい。

周りでどんなに「3歳児神話」を唱えられたって
気にする必要ないない。預けていて良かったなって
思えるときがきっと来るからね。


……なーんてエールを送りたくなってくるんだな、この仕事。

このセミナー、毎回定員オーバーしちゃう人気企画で
ワーキングマザーになるにあたって知っておきたい法律知識や
保育園事情、それから仕事と育児を両立するうえで
できるようになれれば絶対に楽になる、自分の気持ちや時間の
折り合いをつけるテクニックなんかを伝授するんだけど、
参加しているお母さんたちの真剣な表情を見たり
カウンセリングで伺う悩みや相談事なんかを聞いていると、
こんだけ男女共同参画とか言われているのに、世の中的には
ワーキングマザーってまだまだマイノリティーなんだな
ってことと、せっかく「働きたい」って気持ちを持っている
お母さんたちが頼れる情報ってほんっとに少ないんだな
ってことを、毎度ひしひしと実感しちゃうんだもん。

フランスでは少子化政策があたって、合計特殊出生率
(日本では1.25になった!とか言って騒いでいる数字ね)
が2.0まであがった、なんてニュースもあるっていうのに
日本のお母さんたちは、いったいいつまで孤軍奮闘せにゃ
ならんのか?と世のあり方に疑問を感じてしまうことだよ。

はい、頑張りますからね、あべも。
世の中から不安とストレスをたくさん抱えた
ワーキングマザーが一人でも少なくなるために
あたしで力になれることがあれば、いくらでも
県境ぐらいまたいじゃおうと思ってます。


まぁほら、一番いいのはあたしを見てもらうことじゃ
ないかと思ったりもするんだけどね、ぶっちゃけた話。
料理は手抜きだし、家の中もちらかり放題だから
あたしが模範的ワーキングマザーだなんて決して申しませんが
とりあえず、やんなきゃいけない環境になったら
やくざ家業のフリーライターだって、片親家庭だって
いろいろ折り合いつけたり、合理化したりして
なんとか面白おかしくやっていけるもんだからさ。
(その見本が、ここにいる、と)

働きながら子どもを育てるってキャパシティも視野も広がるし
前の自分よりずっと強くなれるから楽しいと思うよ。
それまでの人生では絶対に経験できないことが
大挙してやってくるわけだから、ある意味刺激的だしね。
(↑このたわ言はセミナーの内容とは一切関係ありません(笑))


だから、その貴重な経験を思い切りエンジョイして
もらうために、できる限りのことをしたいな、
というのが今年のあべの目標その1。
直接的なサポートに関してはまだまだ経験不足だけれど
せっかくのご縁なので、弓さんとの活動を通して
いろいろ勉強させていただこうと思ってます。


なお、弓ちひろさんが主催する
「セレジョブライフキャリア研究所」では
今後もたくさんのセミナーを企画しているので
興味を持ってくれた人はぜひぜひチェックを!

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2006.09.05

にょきにょき

10年ぐらい前、仕事仲間で仲良くしていた男の子がいた。
(…といっても同い年だから世間的には立派なおじさんだけど)

当時の彼は悩める青年で、私も世の中のことがぜんぜんわかって
なくて、飲んでたわいのない話をしているうちはよかったのに
深刻な話が増えていくたびにどんどん険悪になって、最後は
「だからあんたはダメなんじゃん。そんなんだったら
とっとと田舎に帰って実家でも継げば!?」みたいな感じの
私の暴言をもって国交断絶となってしまったw。

その彼は、現在海外にいるらしい。
日本を出たきっかけはよく知らないけれど、今、現地では
売れっ子の部類に入っているようだ。
偶然ブログを発見して、時々こっそりのぞいているのだけど
当時の彼からは考えられない行動力、コミュニケーション能力
そして語学力の上達ぶりは、私が知っている彼とは思えないほど。
ブログのコメント欄で現地の友だちとバンバン英語で
言葉を交わしている様子を見るたびに、
「変われたんだねぇ、よかったねぇ」と
親のように喜んでいる私。
あのとき私の放った暴言が、彼の変わるきっかけに
少しでも役だったのならうれしいなぁ…なんて考えてしまう
自分のみみっちさが少々悲しくはなるんだけど。
(↑ どうやら救われたいらしい)

「大人の文化祭」に協力してもらうために、昨日久々に会った
アーティストの男子2名も、知り合った半年前とはあきらかに
別人の顔をして私の前に座っていた。
もともと感性が鋭いうえに、20代という育ち盛りだから
これからもにょきにょきと成長していくのだろうけれど、
その姿は見ていてまぶしいくらいだった。

人は変わっていく。いくつになっても成長していけるよね。
仕事上、その様子を見守る傍観者的なスタンスでいることが
多いあべだけれど、どこかで私を見てくれている人がいて
「いやぁ、あべ、ホントに成長したよな!」って
言ってくれることがあれば、それはとても幸せなことだと思う。
そう言ってもらえるように、あべも頑張らなくっちゃね!

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2006.08.23

カシオペア活動休止

きたね。今頃になって。
正式発表は8月1日。脳天に達したのが3週間後なんだから、
私のアタマも相当ガタが来ているらしい。
昨日の夕方ぐらいから、仕事がぜんぜん手につかなくなって
ずーっと曲を聴いたり、2チャンを眺めたりしてる。
「へぇ、こんなうわさ話もあったんだねー」なんて。
ライブのDVDも何回も観ちゃったよ。

カシオペアっていうのは、79年にデビューした
日本のインストロメンタルバンドで、絶頂期の80年代は
本当にキラキラした魅力を放つ素敵なグループだった。
ジャズ、ラテン、ロック、ポップスを自由に融合させた
心地のいい音楽。フュージョンというジャンルが確立されて
当時はタケノコのようにフュージョンバンドが輩出されたけど、
カシオペアの活動休止によって今も残っているのは、
結局F-1のテーマソングでおなじみの
T-SQUAREだけになってしまったな…。

寂しいとか、残念とかいう単純な感情ではないんだよね。
私自身、もうこの何年もアルバムは買ってないし、
ライブにも足を運んでいない。すでにファンではない。
でもこの人たちがいると思えれば、それだけで安心できた。
私にとってカシオペアはひとつのルーツ。生まれ故郷の
なつかしい友だちのような存在だったんだ。

私が自分を確立していく過程は、カシオペアとともにあった
といっても決して大げさではない。
音楽に目覚めはじめた10代の前半に出会った彼らの音楽は
本当に衝撃的だった。
歌がない世界なのに、音を聴くだけで広がっていくビジョン。
その色彩感溢れる鮮やかな音楽は、私の耳にはどれもなぜか
圧倒的な既視感をともなって届く。
まだ10数年しか生きていないのに、いつか大人になったときの
自分の記憶をたどっているような、不思議な感覚を覚える音楽。
一部では優等生過ぎる、明るいばかりで色気がないなんて
言われかたもしていたけれど、私はその世界観が好きだった。
カシオペアの音楽を聴いていると、いつも心がざわざわと騒いで
明るい旋律なのに涙が出てくることもたびたびだった。

インストロメンタルバンドというとどうしてもテクニックの
凄さなんかが取りざたされるけれど、確かに彼らのテクは
ものすごいものがあったけど、私がショックを受けたのは
彼らの存在そのものだったんじゃないかと思う。
「なんでこの人たちはこんなに楽しそうに、うれしそうに
演奏するんだろう…」
多分、それがまだ幼かった私の心を揺さぶった一番の原因。
この笑顔の源を知りたい。
彼らの持っているこの空気感をいつか共有する立場になりたい。
幼稚園時代も、小学生時代も「大きくなったらなりたいもの」が
何ひとつ浮かばない子どもだった私にが、生まれて初めて持った
未来への目標は恐らくこれだったんじゃないかと思う。

雑誌やメディアに次々と取り上げられて絶賛をうける彼らの
扱われ方は、インストバンドとしては今考えても破格だったと
思うし、アルバムを出すたび、ライブをするたびに新しい
才能を次々に開花させていくさまは見ていて小気味よかった。
常識も、音楽ジャンルの垣根も、国境も軽々と飛び越えていく。
その自由さと強さに私は強烈に憧れた。
(ここで言う〝強さ〟は精神的なタフさっていうこと。新しいこと
今まで誰もしてなかったことを笑顔でやってのける強さのこと。
いつでも余裕があるように見える、見せる強さに憧れた。
今思うと、当の本人たちにそんなゆとりはなかったと思うけど)
相変わらず「何になるか」はわからないままだったけれど
「彼らに近づきたい」「彼らのような大人になりたい」という
思いは確固としてあった。
東京に出てきた動機も、8割方カシオペアのライブ見たさ
会いたさだったような気がするし…。

そして、その思いは今、少なからず実現していると思う。
私は彼らのようにすごい成功を収めたりもしていないし
実質的に音楽の世界からも遠ざかってしまったけれど
彼らの音楽を聴きながら感じた〝幸せ〟を追いかけ続けて
それを形にして、手に入れることができた。
それは、自分なりの生きることの意味や理想を見つけて
それを守り、それを表現するために自分でなにかを生みだし
それを誰かの心に届けることができるということ。
素敵な仲間たちに囲まれて、心から笑える瞬間やワクワク
できる瞬間をいくつになっても持てるということ。
「みつめること」や「つながること」を開催したことで
かつて憧れていた「笑顔の絶えない彼らのステージ」に
自分もやっと立つことができたと思えた。

ここ数日、彼らのアルバムやDVDを視聴しながら
私は思ったのだ。「ここまできたよ」と。
カシオペアに出会えなければ今の私はここにはいない。
それは、はっきりと言えることだ。
彼らは、私の人生の道しるべだった。

余談だが、彼らは実際に私の人生が変わる場面に関わっている。
私のライターデビューはカシオペアのインタビューだったのだ。
幸運だし、とても不思議な偶然だと思う。
私はこのとき「願っていれば時間がかかっても夢は実現する」と
確信したし、仕事人として彼らと接する機会をもてたことで
受け身の人生やめて自分らしい幸せを追求していこうと
決めたような気がする。
ある意味でカシオペアから卒業したというか、うまくいえないけど
彼らと、というよりは夢と対等になれた気がした。
夢は見上げるものじゃなく、実はふいに隣にいたりするもので
手を伸ばせば届くものなんだと実感できた気がしたのだ。

多分、私はそれ以来、彼らのアルバムも買っていないし
ライブにも足を運んでいない。

カシオペアが活動を休止するという知らせを聞いた後
私は自分の中に湧いてきた感情が、どの種のものか
判断できない状態でいた。
時間が経ってそれが「後悔」であることに昨日気づいた。

それは、彼らのファンであることを辞めたことにではない。
ここからはファン崩れの妄想と思って読んでもらいたいのだが
私は音楽方面での執筆活動を早々に切り上げたことを
後悔していた。
駆け出しライターだった頃の私は、音楽業界独特の
しきたりや人間模様を向こうに回して書き続ける自信が
持てなかったために身をひいたのだけれど、本当は私は、
意地でも音楽について書き続けるべきだったんじゃない
だろうかと、ふと感じてしまったのだ。
恐らく、活動休止という判断を下すまでにメンバー各自、
とくにリーダーの野呂くんの中にはそうとうに苦しい葛藤が
あっただろうと思う。
とても傲慢な思いだけれど、今の私なら彼の苦しみを
理解することができたんじゃないだろうかと思ったのだ。
今の私なら、彼らの思いを聞き、理解して、誰より的確な言葉で
彼らのメッセージを世に伝えることができたかもしれないのに。
それができない自分の立場を後悔した。
考えても、もうしかたのないことだけれど。

でも、いつか、そんな機会が訪れればいいと思う。
それが多分、私に幸せなビジョンをたくさん
見せてくれたカシオペアへの恩返しになると思う。


最後まで読んでくれてありがとう。
今日の記事は、あべ自身が自分のためにまとめておく
必要があると思ったのでアップしてみました。
ちょっとイッちゃっててごめんね(笑)。

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2006.08.16

ステキな求人

久々に「ほぼ日」のサイトをじっくり見ていたら
糸井さんとこの事務所でデザイナーさんの募集があり
その要項の前に御社長自らメッセージを寄せていた。

いいなー(しみじみ)。
私ができる芸当はもの書きしかないから、この求人には
応募できないけど、自分がデザインにちょっと自信のある
デザイナーだったら、ぜったいに応募していたと思う。
デザイン経験の少ないDTPオペレーターやイラストレーター
だったとしても職歴詐称して応募していたな、きっと。
この際、気楽なフリー生活とはグッバイでもOKだ!

採用が決まる前から、諸手をあげて歓迎してくれて
才能を認めてくれて、「あなたはすごい」と言ってくれる。
こんな社長が作った会社で働けて、幸せになれない
はずがないじゃないの!

デザインを仕事にされている方はぜひこのメッセージを
読んでみてください。
自分の仕事ってこんなにすごいことなんだって、ちょっと
誇らしくなれると思います。
(ものを創り出す仕事ってきっとみんなそうだと思うけど)

こんな風に、どんな仕事に就いている人も
リスペクトしつつされつつ働けたらステキなのにね。

いったいどんな人が採用されるんだろう。
他人事ながら興味シンシン。
そして他人事ながら未来に採用される彼の人にひと言。
「あなたは幸せ者です(^-^)」


******************************
うれしい気分での募集です。

糸井重里

デザイナーを募集しようということになったとき、
いつも以上に、ぼくはうれしい気分になるのでした。
「また、たのしくなるぞ」というような、
なんというか、学校の授業でいえば、
「図画や工作」の時間の前みたいな感じ。

デザインの仕事は、歌を歌う仕事なんかのように
人がよろこぶのが目に見えるし、
「わかった!」とか「できたぞ」というときには、
ぞくぞくするような快感があるしで、
いまの社会にはめずらしいくらいに
たのしそうな仕事なんだと思うのです。

しかも、そのデザインをたのしむ人、
使ってくれる人たちの気持ちをしっかり考えれば、
かなり理詰めで「よくしていく」こともできる。
親切心とか、思いやりとか、
悪い言い方だけどスケベ心とか‥‥そういうものが、
ちゃんといちいち活きてくる仕事なんだと、思ってます。
だから、いいデザインをつくれる人は、
魅力的な人なんだとさえ、言えます。

東京糸井重里事務所を、さらにたのしくしてくれる人が、
また増えるのかと思うと、うれしくてしょうがないです。

あとひとつだけ。
健康でいてください。
強靭でなくてもいいから、健康で。


(糸井事務所のみなさん、これ引用するのまずかったら
ご連絡ください。でも、たくさんの人に読んでもらいたかったので
載せてみてしまいましたm(__)m)

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2006.06.08

仕事とプライド

気に入っている本のひとつ、働き方研究家・西村佳哲さん著
『自分の仕事を作る』(晶文社)の冒頭にこんな文章がある。


 目の前の机も、その上のコップも、耳に届く音楽も、ペンも
紙も、すべて誰かが作ったものだ。街路樹のような自然物でさ
え、人の仕事の結果としてそこに生えている。
(中略)
「こんなものでいい」と思いながらつくられたものは、それを
手にする人の存在を否定する。とくに幼児期、こうした棘に囲
まれて育つことは、人の成長にどんなダメージを与えるだろう。
 大人でも同じだ。人々が自分の仕事をとおして、自分たち自
身を傷つけ、目に見えないボディーブローを効かせあうような
悪循環が、長く重ねられている気がしてならない。


この事件この事件も、「こんなもんでいいでしょ」という
気持ちでされた仕事の結果だと思う。
成長にダメージを与えるどころか、人の命をうばっている。
自分のした仕事の先に人がいるのだという、想像力が欠落
しすぎている。こんな仕事はしてはいけない。
それは、使い手を傷つけるからいけないというだけではなく
そんな仕事をしている人自身からも、プライドや尊厳
といったものをどんどん奪い取っていくからだ。
恐らくこの事件の当事者たちは「面倒な事が起こった」
と舌打ちはしても、自分のした仕事の結果で自らの
尊厳を傷つけているとは思っていないだろう。

方や、たとえ、誰にでもできると思われているスーパーの
レジうちのような仕事でも、その仕事にプライドを持って
取り組んでいる人もいる。
そんな人の周りには、お客さんの笑顔と信頼があふれている。
そしてその笑顔は、ほかならぬその仕事に取り組んでいる人
自身にプライドを持たせ、成長させ、強くする。

そういう仕事をする人が増えれば、世の中の風景は一変する
だろうにと思う。しかし、それを教えてくれる人が、それを
知る機会が、今の世の中にはあまりにも少なすぎる。

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2006.03.07

春の歌♪

あちこちでくしゃみに苦しむ人々の声が聞こえてくるけど
あべの花粉症は、春茅が飛び始めるGW前後なのでまだ無傷。
ちょっと空気は冷たいけれど、日差しはすっかり春なので
窓を開けつつ単行本の企画書書き。
気持ちがよいのでなんだかとってもはかどった気分。
(導入文のサンプルを書くのに3日もかかってるのだが)

BGMは『春の歌』 by スピッツ♪
そうとうノリノリです。
ここのところのヘビーローテーションは
スピッツに加えて
MONKEY MAJIK『Around The World』
宇多田ヒカル『Keep Tryin'』(笑)

あまりにミーハーでちょっと恥ずかしいのだけれど
でもじっくり聴いていると、この時分に売れる曲を作る人
ってのはやっぱいいものを持っているんだなぁって
感心しちゃう部分もけっこうあるのだ。

「将来、国家公務員なんて言うな、夢がないな」(宇多田)
「いつでも自分に負けている人は何もつかめない」(MONKEY)

2曲の中でとくに気に入ってるのはこのフレーズ。
おおー、生き方を考えるってことが、ここまで
トレンドになってきてますかぁ〜、とCDAのタマゴは
初めて聴いたときはニヤニヤしてしまったけれど
私みたいなもの書きがどれだけ言葉を呈して説教クサイことを
書いても、この歌ほどのインパクトを相手に与えることは
難しいだろうなと、白旗状態にもなってしまった。
音楽の力って、やっぱりすごい。
これだけのことをストレートにサラリと歌いきってしまう
この2組のアーティストの勇気もなかなかのもん。

この歌を聴いて、自分に一生懸命になる人がひとりでも
増えてくれたらいいな、と思う。
で、あべはあべの領域でガンバル、と。

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2006.02.15

なぜか北千住

あべは行徳、相手は中目黒。
北千住には縁もゆかりもございません。
ついでにいっとくと、相手は男子で昨日はバレンタイン
だったけど、色気のある話でもございません。

目指すは旧日光街道沿いに建つ居酒屋「大はし」。
知る人ぞ知る老舗の居酒屋。創業明治10年である。
ここの肉豆腐を食らうがために、3時半には仕事を切り上げ
延々電車に揺られて北千住までやってきた酔狂な私たち。
5時開店のお店に5時10分に到着したら、なんとまぁ
50人ぐらい入れそうな店内は、すでに席の9割近くが
埋まっているありさま。しかも「ここは新橋か」と
見まがうばかりのスーツおじさん天国。
初めて入る人(とくに女の子)は一瞬たじろぐかも。
女子生息率1割以下。

それにしても、どうして開店10分しかたっていないのに
焼酎を割るソーダの空瓶が何本も並んでいるんでしょう。
おつまみのお皿がいくつも散乱しているのでしょう。
みなさんすごい勢いで飲み、すごい勢いで食べ
とっとと店を後にします。
まぁこれが店の流儀、というか、おじさんの一人飲みの
美学なのかもしれません。
カウンターの中でせっせと働くオヤジさんと息子さんの
動きも速いが、客の回転も超速い。
その真ん中にドッカリと腰を据えること3時間。
私と友人はふたりでキンミヤ(焼酎、これしか種類ない)を
1本、すっかり空け(1250円なんだぜー、安いよねー)
おつまみを食い散らかし(あんきもとか海ぶどうとかも
ぜんぶ500円以下なの♥)大満足で帰途についたのでした。

「大はし」に行ったら、とにかく絶対カウンター席。
(まぁテーブル席自体がそもそもそんなにないんだけど)
次々に入れ替わるお客さんウオッチングをしているのが楽しいし
なにより細長いコの字型のカウンターの中で、パキパキ働く
オヤジさん親子を眺めていると本当に小気味いい。
「すいません!」と手を挙げると、目をキラーンと輝かせて
シュババッと瞬時に近寄ってきてくれるオヤジさん。
オーダーを頼むと、福田赳夫元首相にそっくりな顔を
ほんっとーにうれしそうにさせて笑うんだ。
これはもう、天職だと思ってこの仕事をやってるでしょ。
お愛想を頼むと、年季の入ったそろばんをおもむろに出して
小さな身体に似合わないぶっとい指でパチパチパチン!
「ほい、1300円!」
くぅーっカッコいー! オヤジさん、あべ的に超タイプ!!
(ちなみに息子さんは電卓でした(笑))

連れの友人とは、自然にというか必然的に
「いい店」ってなんだろうねって話に。
「いい店ってさ、幸せになれる店だよね」
「うん、でもどんなにおいしくてもおいしいだけじゃ
幸せになれないこともあるよね」
「『うまいぞ、どうだ、まいったか』って皿に書いて
あるような慇懃な店とかね」
「キメキメのお店もうんざりだよね。ハコだけ立派でも
中身とコンセプトがずれまくってるようなところ」
「ヤだねー。あれはなんだろうね。お題目立てれば
人気店になると思ってるのかな」
「だったら、コンセプトにあう人を雇えばいいのに」
「どんなに高いカトラリー使ってても働いている
ヤツがイヤだとちっともうれしくないよね」
「うん、人だよね。やっぱり」
「やっぱ、人なんだよねー」
と、ついオヤジさんに熱い視線を注いでしまうふたり。

メニューは超B級。表面だけ描写すればそこいらにある
一杯飲み屋となんら変わらないかもしれない。
でもこれだけの歴史と人気を持つ店は、ほかの店とは違う
「何か」を持っているはず。
「大はし」の場合、それはあきらかに「人」。
昨日のお客さんの中にもただ酒が飲みたいだけじゃなく、
肉豆腐が食いたいだけじゃなく、オヤジさんに会いたくて
立ち寄った人が半分以上いると思う。
忙しく動き回っているから、何を会話するわけでもない。
でもあの胸のすくような働きぶりや、オーダーを頼むときの
何とも言えない笑顔を見るだけで、スーツおじさんたちは
「また明日も頑張るか」って気になれるのかもしれない。

おかげさまであべもすっかりファン(^-^)。
あのオヤジさんに会うために、またわざわざ訪れたいと思います。

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2006.01.06

これが重大発表です!

つーことで、何度もすいません。
重大発表ってのは「お知らせ」でした。
ここより先、心して読むべし。

おととしの10月、相棒のカメラマン・佐藤さんと
やって好評だったギャラリー企画展『みつめること』の
続編とも言える企画展を、年明け早々にやっちゃいます。
会期は9日(祝)〜15日(日)。
場所は前回同様のギャラリー コンシール 渋谷

前回、あべと佐藤さんがいろんな人たちと出会ったアカシを
パネルとエッセイにして展示しましたが、実はこれが
きっかけで登場してくれたみんなで飲み会をしたり、
登場人物同士が仲良くなってイベントを開いたりといった
具合に、新しいつながりがドンドコできていったんです。
なんというか、もう、これ以上ないってくらいの
平和でハッピーな世界は、今もずっと続いています。

こういう世界のうれしさとか楽しさを、もっとたくさんの人と
共有したくなった私たちは、「見せる」企画展ではなく
最初から「つながること」が目的のイベントを企てました。

タイトルもズバリ『つながること』。

前回、「本当なら、登場人物が自分のパネルの前で
けん玉やったり切り絵やったりお菓子作ってくれたりしたら
絶対おもしろいのにね」という話も出ていました。
その、無謀なアイディアを今回は実現してしまった形です。
さすがに20組は無理なので、今回は2組+αが登場。
メインキャストは江戸切り子職人の小川郁子さん、
切り絵作家の小室千雪さん。この二人が、会期中、
素晴らしい制作のテクニックを延々披露してくれます。
素晴らしい作品は、作られる過程も素晴らしいのです。
題して「動くギャラリー」。彼女たちそのものが展示品です。
そして恒例のパーティ(15日)では、同じく連載に登場
してくれたwatoちゃんとcafe cactusの2組がお料理担当。
食いしん坊は、パーティに来るだけでも収穫ありですよ。

いわゆる伝統工芸実演販売会みたいなのと違うところは
出演者と来場者の距離をすごく縮めていること。
彼女たちのテクニックももちろん見てほしいけれど、
私たちが一番望んでいる形は、来てくれたみんなが彼女たちと
なんらかのつながりを作って帰ってもらうこと。
来場者同士で新しいつながりを作ってもらうことなんです。

ちょっとだけ難しい話をすると、
いろいろ生きていくのが大変な今の時代、閉塞感を感じて
過ごしている人も多いと思うけれど、学校とか会社とか、
そういう与えられた世界だけじゃないところでも、誰かと
つながっているっていう実感が持てれば、たいがいの壁は
何とか乗り越えられるものだと私たちは思うんです。
自分で作りだしたつながりを持っているっていう事実は
ものすごく心の支えになっていくものだと思うんです。
「友だち」という言い方もできるかもしれないけれど
実際にはもう一歩進んでいるつながり方。その人とつながる
ことで自分に新しい世界が訪れるようなつながり方。
そういうつながりをいっぱい広げていきたいというのが
今回の企画展の主旨になります(大きく出たな)。

…なんていうと、堅苦しくなっちゃうけど
思いは熱く、イベントは楽しくってことで
実際にはゆるーく展示しております。

たくさんのつながりを作るためにいろいろ試行錯誤しながら
一度だけでなく継続的に行っていく予定のイベントです。
来てもらえればきっと楽しんでもらえると思いますので
ぜひぜひ足を運んでいただければうれしく思います。
パーティにも遠慮せずジャンジャン参加してください。

別途プレス向けに出したリリースもアップしておきますが
問い合わせ等、メールでいただいちゃっても結構です。
一人でも多くの人に来ていただいて、いろんな意見を
ちょうだいできれば光栄です。声を上げた瞬間、あなたも
このプロジェクトにつながります(^-^)。

以上、重大発表終わり。

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2005.11.11

長谷川智彩という才能

仏像に色や模様を施す仕事をしている京都の佛像彩色師
長谷川智彩さんの作品展に行ってきました。
正式には、彼女の師匠である大佛師・松本明慶氏の
作品展なのですが、実質的には二人のコラボ展と言って
差し支えないない内容だったと思います。

松本明慶さんは運慶・快慶の流れを汲む慶派の佛師
(仏像を作る人)で、間違いなくその道では天才と
言っていい人でしょう。
智彩さんはまだ35歳という若さで明慶さんの作品への
彩色一切を請け負っている、この人も明らかな天才。
ふたつの才能が融合してできあがった“お仏さん”の
存在感は圧倒的で、ものがものだけに「神々しい」とは
まさにこのこと、という感じでした。

完璧、なのです。明慶さんの仏像は。
それは四角張った完璧ではなく、たおやかで体温や
息づかいまでが感じられて、今にも動き出しそうで
「本当にお仏さんがいらっしゃったらきっとこの姿を
していらっしゃる」と思わせるような、命があるもの
としての完璧さ。
彫り出された素の木の状態のままで充分完璧なのです。
智彩さんは、そこにさらに色や模様を重ねる。
普通なら「過剰」になってしまいかねないその演出が
彼女の手にかかると、仏像の命をもっと輝かせる
仕事になってしまう。
それが、長谷川智彩のすごいところだと思います。
衣の重なり具合やひだの曲線まで計算し尽くして
描かれる模様。緻密な柄の連続は、いったいどれだけの
精神力と時間が注ぎ込まれているのか、考えるだけで
気が遠くなってしまいそうです。

「いつか会ってみたい」。そう思い続けて4年。
念願叶って6月にお目にかかった時は、すでにこの
展覧会のための作業に入っていました。
その頃から、ほとんど寝ない状態で今日の日を迎えた
と、智彩さんは言っていました。
それでも、「やりきった」という充実感で彼女の
表情は輝いていました。それでも、
「これもお勤めですから。仕事があって自分は
生かされているのですから」と言える謙虚さ。
天才は、才能だけでは天才として存在しない。
そのことを、彼女は体現していると思うのです。

あーあ、もう、すんごいなー。
私なんて足元にも及ばない。
そんなすごい人と、自分が少しでもつながっている
という事実に逆に不思議な気持ちになりました。
私ももうちょっと気合い入れて頑張らないと…。
でも、体力がねー(^^ゞ。
そうそう、才能って体力や精神力も含めたものだって
ことも、智彩さんと話していると痛感します。
よくアーティスト崩れの人が「テクニックか感性か」
みたいな議論をしているけど、どちらかにこだわっている
うちはイイワケでしかないんですよ。
本物じゃないんだよね、どっちかだけが優れていても。
才能って、「全部」なんだと最近とみに思う。
うーん、私は全部が備わっている人間じゃないけれど
全部なんだって気づけただけでも、そこに近づける
可能性はある…と思いたいなぁ。まぁ「可能性」なんて
言葉もだいぶイイワケめいてますけど(笑)。

とってもうれしかったのは、関係者の人たちが来場者に
智彩さんの仕事を説明するツールに、私の書いた記事を
使ってくれていたこと。
「すごくいい文章ですねってみなさんおっしゃるんですよ」
という彼女の言葉が、すごく励みになりました。
だいぶ照れたけど、リップサービスなんて決してしない
人だということがわかる分、純粋にうれしかったです。
そうだ、私には文章があるのだっ。

そんなこんなで、例の51Pは、現在、残り43Pの
ところまで来ています。とっ、遠い〜。

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2005.08.10

学生生活、終了

いつもみなさんに遊びに来ていただいているのに
なんだか更新がすっかり滞っていて申し訳ないです。

今週月曜日、5月から始まった資格スクールの最後の
試験がありました。
衰え欠けた脳細胞に今さら知識を詰め込む「理論編」は
かなりギリギリの成績での合格でしたが、本番の面談を
想定してロープレを行う今回の「実技編」のテストは、
良い成績で終了できたようでホッとしています。
ま、10年間、だてに人の話を聞いてはこなかったって
ことかしらね(得意っ)。

資格や転職にまつわる仕事をたくさんさせていただいていた
お陰で、いつのまにか自分の中に蓄えられていた知識や
データが、とても人の役に立つものなのだとわかったことは
今後活動していくうえで大きな自信になりました。
多分、他のキャリアカウンセラー志望者の人が、たくさんの本を
読んだり勉強したりしてこれから培っていかなければいけない
であろう知識をすでにベースとして持っているというのは、
すごい強みになっていくんだと思います。
本試験に合格しても、あべはキャリアカウンセラー一本に
仕事を絞っていく予定はないんだけれど、受講したことで
自分自身の振り返りにもなったし、自分の周囲にいる人たちに
改めて感謝の気持ちを持つことができたのは良かったと思います。

講座自体は本日の総まとめですべて終了。
9月の前半に試験対策講座がちょろっとあるんだけれど、
一応これで自由の身。
少し抑え気味にしていた仕事を全面解禁できます。
こんなバタバタの状況でも仕事をくださったみなさん、
本当にありがとうございました。
これからご恩に報いたいと思いますので、コキつかって
やってください。
(まだ本試験は残ってるんだけどね。でも時間の自由は利く)

種まきだけで終わらせるつもりだったこの半年間の
水面下での活動で、すでに芽吹き始めているネタも
あったりするので、秋から本当に新装開店という感じで
活動ができそうな気配もちらほら。
私って恵まれているな、と本当に本当に思いました。
ありがたいことです。
でも恵まれた境遇にいるということは、ただのラッキー
チャチャチャではなく、それを分け与える使命を持ってる
立場なのだとあべは解釈しているので、これからは
その使命を全うすることに心を砕いていきたいと思います。

うん、なんか久しぶりにモチベーション高め(^-^)。
この調子で、お盆前、最後の〆切を乗り越えまっす!

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2005.07.15

京都、ふたたび

性懲りもなく、またまた京都に行って参りました。
しかも修学旅行ラッシュ、祇園祭直前のワサワサ状態の時期に。
しかもスーパー主夫・山田亮曰く、「一年のうちでもめっちゃ
しんどい気候の京都」に。
蒸し暑くてかないませんでした、ほんまに。

子持ちの私が泊まりがけで京都に行くなんて、もちろん
仕事で、に決まっています。
しかも(しかもばっか(^^ゞ)今回は経費の都合もあって、
二泊三日で濃い〜い取材を立て続けに行う強行軍。
初日は前出の山田氏、翌日は仏像彩色師の長谷川智彩さん。
両氏とも以前からずっと話を聞いてみたかった人で
満を持しての取材となったこともあり、普段の濃い目取材で使う
エネルギーに緊張と興奮が加わって、さらに消耗度5割り増し。
帰ってからもグニャグニャで、今日になってやっと回復の兆し。
やっぱ、体力、相当衰えています。

京都在住ながら、どちらかというと大阪のエッセンスが濃い
(でも四国生まれの)山田さんは、飄々とした風体で
一見とてもわかりやすそうなんだけれど、その実、彼を
主夫たらしめているものは、一般に「主夫」という言葉から
連想されるイメージの中にはなかったりして。
彼とはこれまでのやりとりの中でお友達モードな関係に
なっていただけに、かえって本質を引き出すのに苦労した。
終わったときはお互いにゼイゼイ。背中で息する状態。
いやー、いい試合でした(笑)。

変わって長谷川智彩さんは、10代で職人の世界に入って
あべと同い年ながらすでに弟子を抱える工房の主。
仏像彩色なんて職人中の職人といった仕事で、京都の中でも
就いている人は少ないし、人生を100%仕事に注がないと
とてもじゃないけどやっていけないような厳しい世界の
住人で、ストレートな分、純粋すぎて壮絶。

でもあべは、この一見まったく違うキャラクターの二人の中に
共通項を見つけてしまったのだよな。
それは、自分の執筆テーマにとても近いことで、やっぱり
自分が伝えようと思っていることは間違っていないなと
再確認したのと同時に、「ああ、見え方でもないんだよね」
と言うことを改めて知ったというか。
まぁその辺りは、本になった原稿から感じて下さい(^-^)。
予定では8月25日版で長谷川さんを、9月25日版で
山田さんを掲載することにしています。
(あ、これはおなじみの『ケイコとマナブ』のお話です)

最終日、お土産購入に時間を割いていたので、新幹線に乗る
までのわずかな時間、無理矢理観光を決行。
できるだけ京都駅に近いところ、ということで、もう
5回目だか6回目だかの三十三間堂へGO。
あまりに定番過ぎてタクシーのうんちゃんにさえ「あんなとこ
行って楽しいですか?」とまで揶揄されたけれど、
いいじゃん、私はここに来るとものすごく落ち着くのだ。
「そうだ、京都行こう」ってなもんなのだ。
しかも今回は長谷川さんに会ったこともあって、これまでとは
かなり視点が変えられて面白かった。
観覧用の柵から乗り出して、仏像の衣の襞の奥に消え残った
金箔やら絵の具やらのかけらを見つけては、
「この子は結構、元の色がわかるねぇ」
「この色の組み合わせって、相当斬新じゃない?」
「うわーこの阿修羅王、着物の柄がフェミニ〜ン(喜)!」
とかやっていたもんで、うちらのうしろは大渋滞(^^ゞ。
でも、この仏像たちを色づけた千年近く前に生きた職人と
昨日会ったばかりのおねーちゃんが、まったく同じ行為を
仕事として行っているという事実は、ものすごく不思議で
あったかくて、「結局人ってつながってるんだよね」という
結論に、またしても達してしまうあべだったのでした。
京都は遠くない、千年昔も遠くない。
つながろう、つなげていこうって気持ちがあれば、ね。
目の前には、極彩色だった当時の蓮華王院(正式名称)が
パノラマ展開されているような気分にさえなってくる。
美しい。だから、京都っておもしろい。

※注釈:いやー実は今、締め切りラッシュで死にそうになってまして…。この記事は7/8〜10までの出来事を記述したものでございます(今、やっと小休止中)。

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2005.06.30

romi-unie blog

現在、各メディアで大露出中。
ジャムブームの元祖的存在である、鎌倉
「ロミ・ユニ・コンフィチュール」の
いがらしろみちゃんが、先週からココログで
ブログを始めました(アドレスはこちら)。

ケンタロウくんがあまりにも更新をさぼっているので
食いしん坊たちの不満がニフティに殺到した果ての
ろみちゃん登場なのではないかと、意地悪なあべは
勝手に想像してちょっと笑ったんだけど、
今のところ、けっこうマメに更新されているので
スイーツ好きのみなさんは、ぜひのぞいてみて下さい。
食いモンで食ってる人の日常もわかるので
その道を志している人にも参考になると思います。
(ならないか。食ったもんの話ばっかりだしな(笑))

ろみちゃんといえば、あべとは細くて長いご縁があって、
昨年、『いま、夢の途中』(私の連載)に登場してもらった
だけではなく、実は、私もまだもの書き駆け出し、
彼女もお菓子でどう食っていくか…というお互いにういういしい
時期を知っている者同士だったりします。
その頃、あふれる野望は胸に秘めていたものの、見た目は
お菓子の好きな普通の女の子でしかなかった彼女が、
その時に話していた夢を100%どころか150%ぐらいの形で
実現した現在の姿を見るのは、なんというのか親心? 
なんとまぁ立派になって…と感無量でございます(涙)。

すんごく仲良しと言うのでも、お友達でさえないけれど
人生の節目節目でお互いの成長を喜び合える人がいる、
というのはいいものだと思います。
とてもパワーのある人なので、きっとどんどん面白いことを
やらかして、きっとまた近いうちに「話聞かせてー」と
あべがたずねていく日もくることでしょう。
それまで、ここから密かに応援しているから、
ろみちゃん、頑張ってねー(^-^)!!

★ろみちゃんとこで買ったジャム(^-^)★
romi

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2005.06.25

ほのぼのぉっ!?

「現役ライターと編集者の集い」という
コミュニティがあるのだけれど、先日そこの掲示板に
こんなトピックが立ち上がった。

<40歳、初産、職業:フリーライター。
 本人としてはギリギリまで仕事はしたいのだけれど、
 大きなお腹で取材に行って気を遣わせるのはいかがなものか。
 仕事を振る編集者はどう思うだろうか。妊娠・出産を
 経験した女性ライターの人、経験談を聞かせて下さい>

まぁ、トピック自体は結構な盛り上がりを見せて、
お母さんライターっていうのも案外たくさんいるんだな
(しかもシングルもな)と思ったし、トピックを立てた本人も
トピックに参加した人も、勇気づけられたんじゃないかと思う。
出産ギリギリまで仕事していた人も(私を含め)多かったし
中には病室に編集者が日参して否応なく働かされた、なんて
経験をした人もちらほら。
そんなこんなでトピックは、次第にママライターの
「大変だった自慢」の場に変容しつつあったんだけれど(笑)
「つわりがひどい時期は食べ物関係の取材はダメだよね」とか
「そうはいっても命に関わることだから、自分の体と
ちゃんと相談して」とか「妊婦だからこそ、相手に入り込んで
聞ける話もある」とか、みんな、ものすごく真面目に
その人にアドバイスしてエールを送っていたと思う。

ところが。
一通りの話が出尽くしたところで、自分も人の親だという
男性ライター(?)が登場。
あろうことか、彼はこれまでのやりとりをひとり勝手に
総括してこう言った。
「いいですね、こういう情報交換。ほのぼのしていて」

…ほのぼの? ほのぼのっていうのか?これ。
彼の発言に対して苦言を呈する人はいなかった。
みんなは何とも思わなかったのか、大人としてあえて
見なかったふりをしているのかはわからない。
発言した本人も深い考えがあってのことではなかっただろう。
(でも「すいません、ほのぼのって言いたかっただけで」と
念押ししていたので、ある意味確信犯かもしれない)
でも私は、本当に本当に呆れてしまったのだ。
働く妊婦は、経過によっては仕事をあきらめるか子どもを
あきらめるかの選択を迫られることになる。
フリーランサーのだいたいは、仕事が自分のアイデンティティ
だから、もしかしたら子どもより仕事をとる選択をするかも
しれない自分を知っている。
だかこそ本当に不安で、自分のした賭の結果が出ることを
本気で恐れている。
でも、一生懸命自分の足で立とうとしているのだ。
書き込みをした人は、かつて自分はその賭に勝ったものの
彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。
だから、トピックをたてた人もそれに答える人も、書き込んだ
文面こそ明るかったけれど、みんな真剣だったと思う。
それを「ほのぼの」だとぅ?
ああ、ため息が出るばかりだよ。嘆かわしい。

女性のみなさんは、こういうの、どう思われます?
私はその男性ライター氏が、すでに奥様に愛想をつかされて
いないことを祈るばかりです。
こういう無自覚な人が多いから、働く女性の苦労が
いつまでたってもなくならないんだよ、まったく。

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2005.05.30

出版記念パーティ

日曜日だけのカフェとして、根強いファンも多い
「カフェ・カクタス」。
そのオーナーである渡部明日香・和泉姉妹が
姉妹名義による初めてのレシピ本を26日に
めでたく出版しました(おめでとー(^-^))。

タイトルは『からだにおいしい ひとり暮らしの簡単ごはん』
(アスペクト)。
本の方は実際に書店で手に取って見ていただくとして
(すごく素敵な本に仕上がってますよ。愛情たっぷり!)
昨日はエビスにある「カフェ・デュース」にて、
その出版記念の小さなパーティがひらかれました。
目玉は二人の手によるケーキバイキング。食べ放題。
んもー、そのうまいのなんのって、スイーツ好きには
たまらないでしょう。

そう言えばこの雰囲気、つい最近もどこかで味わったような…
と思ったら、先週開催された「tequila sisters cafe」。
なんというか、主催者の二人がみんなに本当に愛されていて
場が「ハッピーでいっぱい!」みたいな。
そして会場には、私が取材させてもらったときの写真やら
誌面の切り抜きやらが、やはり飾られていて感無量。

確かに言った。取材の時に。
「えー、本が出したいなら出せばいいじゃん。企画書持って
営業しに行けばいいんだよ。カクタスのメニューなら絶対
大丈夫。出る出る。すぐ出る。がんばりなよ」
…と、かなり脳天気に。
手前味噌になるけれど、二人はその時の話を覚えていて
「本が出たのはあべさんのおかげですっ」と言ってくれた。
なーんかなんか、すごくうれしかった。
カクタスにしてもテキーラにしてもショコラにしても
行動したのも頑張ったのも、それはもちろん当の本人。
でも、そういう新しいものが生まれる場面に、私も
関わることができていたんだな、自分のやったことが
何かにつながっていったんだなって実感を与えてもらえて
こちらこそとってもありがとう! な感じでした。

「幸せ」を2週続けて実感できて、また頑張ろうって
気持ちになれました。
やっぱり、人と人がつながっていくのって素敵(^-^)。

※mixiから来た人、内容はmixi日記と同内容です(笑)。

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2005.05.28

発展的解散

えー、みなさまに近況のご報告です。
5月31日をもちまして、あべとakechanの事務所
「オフィス・スリーハーツ」は解散する運びとなりました。

ま、解散といってもスリーハーツは存続していますが。
年明けに登記して、屋号だけで5年間やって来た事務所が
会社としてしっかり有限化(めでたい(^-^)。パチパチ)。
社長はもちろんakechanです。
なので、今回はあべがスリーハーツから抜けるという
のが一番わかりやすい言い方でしょう。

ひとつには、私が行徳なんていう、以前に住んでいた
世田谷と正反対のところに引っ越してしまったこと。
事務所に行くまでに片道1時間以上かかるという現実が
ちょっとありえなくなってきてしまったんです。
どこぞのハイパー編集者のように、満員電車の中で
ゲラ校正をするような器用さは、残念ながらあべは
もっていなかった…(^^ゞ。
もうひとつには、私とakechanそれぞれの活動が
独自に別々のカラーを発揮するようになってきて、
「あんまり一緒にいても意味なくなってきたね」
という部分もあるかなということ。

事務所を構えた頃は、ふたりとも「はーい、私たちしがない
フリーライターでーす。言われたお仕事はなんでもしまーす」
という感じだった(ちょっと卑屈な言い方だな(笑))。
単価が低い分、数こなしてなんぼという働き方をしていたので
それなら事務所を作って、人手があるよとアピールして、
30ページの大特集とかムック一冊とかをガサッとかっさらって
きたほうが絶対実入りがいいよね、という目論みがあったのだ。
(まぁ、若くて体力もあったしな(^^ゞ)

それから6年。
akechanは消費者問題や法律という武器を作り
地道に資料を集めたり取材を重ねて書く仕事が増えてきた。
雑誌よりも単行本で作品を発表するスタイルにシフトしつつある。
昨年、消費生活アドバイザーの資格を取得してからは
講師の仕事などの新境地も開いている。
頭が下がるくらいハイパーに活動していて、今が彼女の
正念場なんだろうなということが端で見ててもよくわかる。

かたやあべは、「人生」とか「幸せ」とか漠としたテーマに
取り組み始め、資格や習い事も含めたライフキャリアや女性の
生き方支援といった方面の仕事が中心になってきている。
ルポ、アドバイス、そして濃いーい濃いーいインタビュー。
今勉強しているキャリアアドバイザーの資格を取得したら
そのカラーはますます強くなっていくと思う。

そしてその動きに伴って、それぞれに新たな
パートナーやサポーターが現れ始めている。
なんかもう、お互いひとりで仕事しても大丈夫だね。
しばらく離れてピンで活動してみようか。
…ということで、とりあえずのお別れ。
いずれ私の資格とakechanの資格を合わせて
新しいタイプの仕事ができる日が来るかも知れないし、
そうはいってもスリーハーツに大仕事が入れば、
あべが登録スタッフとして(笑)共同作業をする可能性も大。
でも、どうせ一緒に何かをするなら、今までみたいに
「人手」を売りにするんじゃなくて、今度はそれぞれの味を
フルに発揮できる面白い仕事ができるようになるといいなぁ
という意味も込めての、発展的解散です。

あべ個人には、実は数年後をにらんだ事業構想も
あったりするのだけれど、それはここではまだ秘密(^-^)。
今年は、まず資格を取るという一大目標があるので
いったん自宅に引きこもって、その構想を形にする
ための新体勢作りにいそしみます。

そんなこんなでみなさま、あべ&akechanを
今後ともよろしくご愛顧のほど m(__)m。

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2005.05.01

書き続ける意義

4月29日。
これまで取材で出会った人たちに集っていただき、
勝手に飲んで語ってつながっていただこうという酔狂な宴会を、
ブログでもおなじみ、西麻布の「タフィア」で行いました。

来てくれたのは、もの書き、デザイナー、ガラス作家、
若手職人集団、活動家、スーパー主夫、役者、ミュージシャン、
切り絵作家、会社経営者、食いしん坊、ダンサー…などなど、
節操のない顔ぶれ(笑)。
主催者がアバウトなB型コンビ(あべ&カメラの佐藤さん)
なもんだから人数の目測を完全に誤っており、始まって一時間で
店内は身動きがとれない状態に(ハハハ…(^^ゞ)。
カウンターを一人で守る多東さんは、汗だくになりながら
カクテルをマシンのように作り続けてくれました。
多東さんごめんなさい、そしてありがとうございました。

首尾は上々、もくろみ通り。
みんな好奇心旺盛なので、ジャンルの違いなどお構いなしに
どんどんしゃべってつながって、笑って飲んで食って、
時には真剣に語り合ったりなんかもして、場の濃厚度は200%。
普通に考えたらありえない組み合わせでも、普段はそれぞれ
別世界で活動をしている人同士でも、志が近いところにあるなら、
出会えば案外簡単に新しい世界が創り出されるだろうなとは
思っていたんだけれど、それは本当に実現していきそうな気配。
この日を機会に、また新しいイベントやコラボレーションが
生まれるのかと思うと、ニヤニヤせずにはいられません。

人と人とがつながっていくのって、なんでこんなに幸せで
うれしいことなんだろう。
ものを書いている人は、みんなそれぞれに書く理由を
持っていると思うけれど、あべが書き続ける理由はきっとこれ。
書くという力が多少なりともあるのなら、その力を使って
人と人とをつなげていきたいんだと思う。
人生を楽しくしてくれるのは人、人を幸せにするのも人、
世の中を平和にするのも人。人と人とがつながっていくことで、
形にできることがいくらでもある。
以前は人とのつながりを作ることも、作ったつながりの中で
新しい経験をすることも、それは自分のために、自分が主体で
と思っていたフシがあったけれど、それはすこーし違うかも
しれないということが、最近だんだんわかってきた。
私は自分が“主”なのではなく、目撃者としていたい。
人と人とがつながっていく現場に立ち会わせてもらって、
それを文章にすることで、その幸せさ、素敵さ加減を
人に伝えたいと思っているみたい。
それは、偽善的かな。それともご隠居的すぎるかな(笑)。
でも多分それが私のスタイルで、役割で、きっと私がものを
書き続けていく意義なんだろうな、と思う。
だから作るよ。これからもお見合いババァのように、
みんなが出会っちゃう機会を(^-^)。

なんだかこっちが照れちゃうくらい、ニコニコで帰っていった
みんな。自分の大切な人たちを連れてきてくれたみんな。
本当に本当にありがとう。
そうしてこれからもキラキラし続けて、どんどん人とつながって
新しい世界を創り出して、私にネタを提供してください(^-^)。

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2005.04.15

お誕生日

ああ、今年もまたひとつ、年を取ってしまったなぁ。

今、たまたま30代を目前にした女の子たちの心理を分析
するような記事を書いているんだけれど、
10年前の自分を振り返って、どんなにシミ、シワが少なくても、
ボディーがスレンダーでピッチピチでも、ぜーったいこの時期に
戻るのはイヤだぜ、と思ってる。
20代なんて、人間にとっちゃぁほとんど暗黒の時代だ。
経験もない、自信もない、そのくせ自意識だけは高くて
毎日がドロドロの袋小路。
今思い出しても20代の自分は、穴があったら
入りたくなるくらい、薄っぺらでおバカだったなぁと思う。
記事のネタ元になっているアンケートを読んでいると
あの時の自分と同じような20代の女の子が、
今でもワンサカいることがわかる。
バブル崩壊後で保守的になっているから、あの頃より
今の20代の方が袋小路度は高いかも。

いつぐらいからだろう。
失敗することがそれほど怖くなくなって、仮に失敗したとしても
それと引き替えに得られるものはとても貴重なものなんだと
気づけるようになって、すべての出来事や出会いにはちゃんと
意味があって、とらえ方次第でいくらでもプラスに変えられるんだ
って思えるようになったのは。
自分を飾らなくなって、人が怖くなくなって、そうしたら
信じられないくらい視界が開けて、出会いの質も変わってきた。
それはもしかするとこの1、2年ぐらいのことなのかもしれない。
体力が落ちてきて徹夜なんてもう絶対できないし、
老眼だって始まってきてるのに、リコンはするわ、おまけに
ボシカテイとかにカテゴライズされちまってるし、
這々の体のわたくしなんですが、私は今の自分が今までの中で
一番好き(そんなこといっちゃえるのはB型だからか?)。
「30歳とかになるとー、おばさん?っていうかぁ。出会いも
激減するしぃ、飲み会にも誘われなくなるじゃないですかぁ。
だから、絶対30歳までに結婚したいなぁ、みたいな」
とかほざいているそこのお嬢ちゃん。
「あの時の自分ってなんてかわいかったのかしら」って
笑って振り返られるのか、恐れていたとおりのおばさんに
なっちゃうのかは自分次第ですぜ。
私はおばさんとか言われてもぜんぜんオッケーだもんね。

10年前、私は一度だけ本気で死ぬことを考えたことがあった。
これ以上生きていてなにかあるの? ふられちゃったし、
疲れちゃったし、もういいやって。
ああ、なんという若さの無駄遣い。なんという傲慢。
あの時の自分に、今の自分を見せてやりたいよ。

そんなわけで40代もかなりカウントダウン入ってきましたが
やりたいこともやらなきゃいけないこともたくさんあって
老け込んでなんていられませんわよ。
良い1年にしようと思います。
がんばるぞ。がおー。

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