音楽

2007.09.20

ジョー・ザビヌル、逝く

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ミュージシャンの訃報が飛び込んできました。
といってももう10日近くも前の話なんですね……。


「ウェザーリポート」のキーボディストとして
知られるジョー・ザビヌルが亡くなりました。

うーん……。
今年始めにマイケル・ブレッカー(sax.)が亡くなり
次はザビヌル。お気に入りのミュージシャンの訃報が
続くのは悲しいことやね。

とはいえザビヌル、享年75歳。
正直、「え、そんなトシだったの?」という驚き。
死因はガンだそうだけど、早すぎる死でもないのか。
でも、やっぱりキーボード弾きが亡くなるのは寂しいな。


とりあえず、「Heavy Weather」にて葬送。
……と思ったらCDが見あたらない(-_-;)。
しかたがないのでマンハッタントランスファーVer.の
「Birdland」で(この人たちももういいお年ですね…)。

ご冥福をお祈りいたします。


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この方にも、合掌。

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2007.06.05

癒しの調べ

最近お気に入りのミュージシャンと言えば
アコースティックギターの越田太郎丸くん。

彼が参加していた日本人によるブラジリアンバンド
「PRASMATICA」に出会って以来、
10年ぐらいのご贔屓なんだけど
なんだかいー感じに力が抜けていて、今時分の
さわやか〜な気候にえらいマッチするのである。

もうなーんにも考えたくない。
ただきもちよーくたゆたゆしていたい〜って
気分の時はやっぱりラテンが一番よ。
最近ストレスたまりまくりだし、悲しいことも
たくさんあってなんだかやりきれん!
っていうあべにとっては文字通り癒しの調べ。


実は、太郎丸くん
去年「大人の文化祭」に参加してくれたAEKA
高橋アラタくんの師匠であることも判明し
「こりゃー、いつか会えるわね」と見たこともないのに
勝手にご縁と親近感を感じている次第。

そんなわけで最近のヘビーローテーションは
彼の今今のパーマネントグループ
「森」「BOSSA DO MAGO」

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この二つのグループ、太郎丸くんのギターもよいんだけど、
柏木広樹さんのチェロに乙女はドキドキしちゃうワケよ。
(元G-CLEFっていっても知っている人は少ないだろうなー)
チェロとラテンっていうとアルゼンチンタンゴを
想像しちゃうけど、こっちはボサノバとチェロだからね。
まず、「チェロって疾走感ある楽器だったんだ」
ってこのグループの曲を聴くと初めて気づくわけ。

疾走感っていっても、昔あたしが聴いていたような
高速道路をぶっ飛ばすようなフュージョンサウンドの
超絶技巧的疾走感じゃなくて、水がうねるような
すがすがしい躍動感っていうかな。
遊びを知っている茶目っ気のある大人っていうか、
軽くなりがちな音をしっかり抑えているように見せかけて
実は一番遊んでいるのは自分だったりする感じ。
ルックスも谷原章介風味でなかなか良いわけですよ。
(あくまで“風味”、ねw)

「森」の方には元スクエアの則竹裕之くんも参加していて
テクニカルなイメージの強い彼が、肩の力を抜いて
楽しげにラテンを叩いている様子もなんだか意外で
ちょっと得した気分になれちゃったりする。
太郎丸+則竹って相性的にどうなんだろと思ったけど、
ゆるーいラテンの曲に粒の揃ったリズムが加わると
実はもんのすごい気持ちがいいってこともわかって
これもまた新たな発見。

もともと日本人の血ってラテンのリズムに近いというか
文化的にはかなり多様性を受け入れられる柔軟性を
持っていると思うので、太郎丸サウンドは
誰が聴いても気持ちよくなれると思うデス。


もの書きの悲しいサガで、つい御託を並べてしまうけど
聴かれる方はリラックスしてCDのプレイボタンを
押してくれればそれだけで万事OKでございます。

これからの季節、なにかいいCDないかなーって
物色中のあなたにオススメの逸品でございます。




<オマケ>
もういっちょ、最近のヘビロテ。
これもなーんも考えずにダラダラしたいときにぴったり。
でも原稿を書くときには向きません(歌っちゃうから)。

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『BEST OF 東京スカ』

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2007.05.02

死を悼む

先月、我が家に新しい家族がやってきた。
その名はアカシロちゃんとヒラヒラちゃん。
(……まぁ、金魚です(^_^;))
月に一度の姫と元ダンナとのデートで
“金魚の釣り堀”に行ってゲットしたらしい。

「金魚って釣れるんだ……」(単純にオドロキ)


初めて生き物を飼うことが本当にうれしかったらしく
かいがいしく世話をしている姫のために、GW前半は
2キロ離れたホームセンターまで自転車をとばして
水槽を買ったり、砂や水草を買ったりして
あたしも気分を盛り上げてやった。

でも、やっぱり釣られた魚だけに
よーく見るとカラダがボロボロ。
こりゃーあんまり長くはないな、と思っていたら
案の定、ヒラヒラちゃんは天国に旅立ってしまった。

生き物を飼うのも初めてなら、“死”というものを
身近に体験するのも初めての姫。
弱ってきたので小さなバケツに隔離した金魚が
次第に動かなくなり、ただの物体になっていく様子を
目の当たりにすると、見ているこっちが悲しくなって
しまうくらい、ずっと涙をポロポロこぼしながら
彼女はヒラヒラちゃんの死を悼んでいた。
本当にショックだったんだろうなぁ……。
「せっかく家族が増えたのに…」というつぶやきは
なかなか身につまされるものがあったことだったよ。


“死”を身近に体験することが少ないために
「死んでも生き返る」と思っている小学生が
相当数にのぼるとか、“死”が理解できないから
命を粗末にする子どもが増えている、なんて話を
よく耳にする昨今。
姫には酷だと思ったけど、これはいい機会だから
ちゃんと“死”と向き合わせようと思ったあたしは、
ひと通り葬式のまねごとをして線香をあげ、
近くの神社の木の根本に二人でお墓を作ることを提案した。
たんぽぽやひめじょおんやクローバーの花を摘んで
花束にし、墓前にそなえて手を合わせた。

ずっと泣き通しだった姫も葬送の儀式をしたことで
気持ちに区切りがついたらしく、今は落ち着いて
「ヒラヒラちゃん、もう天国についたかな」
「神社の神様、ちゃんとお墓を守ってくれるかな」
(いろいろ宗教的な解釈は間違っている部分も多いのだが)
と、子どもらしい心配事を口にするようになった。

当たり前のように思えるけど、すごく健全な反応を
してくれるようになって、良かったと思った。
子どもの頃のこういう経験ってきっとずっと後になっても
その人に影響を及ぼすものなんだと思うから。
「たかが金魚の死」と大人目線でぞんざいに対応しないで
送り出すプロセスを踏んで良かったと思った。
命の大切さとか、生きてるってすごいことなんだよね
ってことを、姫なりに理解してくれればいいなと思う。

ま、そうはいっても晩飯の刺身には平常心で
パクついていた姫だったけどな。
(葬式をあげちゃったせいか、あたしのほうが
魚を食べることに抵抗を感じてしまったくらいだよw)



そんなわけで、現在喪に伏している我が家なんだけど
「ヒラヒラチャンと夢の中で会って一緒に遊ぶ」
と言って姫が寝付いた夜、あたしはネット検索をしていて
ひとつの訃報を目にすることになる。

“ブッチャー浅野”の愛称で親しまれていた
ギタリストの浅野祥之さんが亡くなった。享年48。

昨年急死したベーシストの青木智仁さんに続いて
1年のうちに40代の現役ミュージシャンが、しかも
あたしが親しんできたインストロメンタルミュージックを
支えているミュージシャンが二人も亡くなるなんて、
思わずうろたえてしまうくらいにショックを受けている。

派手さはないけれど、職人気質の実直さがにじみ出た演奏と
人なつこい笑顔が素敵なギター弾きだった。
一見コワモテ風だったけど、誰より優しいお兄さんだった。
ちょっとぶっきらぼうで、照れ隠しに一発かます
落としどころが不明のギャグが好きだった。

彼が後ろにいることで、何人のシンガーが安心して
歌うことに専念できたのだろう。
彼がいなくなってしまった穴はとてつもなく大きいと思う。
とくに盟友と呼べる存在の仲間を立て続けに失った
角松(敏生)くんの心情はいかばかりのものだろう。
あまりに残酷すぎて、想像することもできない。


そして、次は、誰が後悔させるのか。
ちゃんと音楽に関わり合ってこなかったことを
次は、誰があたしに後悔させるんだろう。

姫のように身近に誰かの死を体験しなくても
40の声を聞けば、死を意識する瞬間は
人間、おのずと増えてくるものだ。

自分にはあとどのくらい時間が残されているのだろう
“そのとき”がきたら、あたしは後悔しないだろうか
今の生き方で本当にいいのだろうか。
そんなことを、最近時折考えるようになっていた。

封印を解いてもいい時期なのかもしれない。
何かを変えるために動き出した方がいいのかもしれない。
浅野さんの死は、緩慢に降り積もっていた自分の中の
澱を撹拌してくれたように感じている。


死を悼むこと、死者を思うこと。
それが何かの起爆剤になることもあるのかもしれない。
そうして何かを動かすことはまた、亡くなった人への
はなむけにもなるのかもしれない、とも思う。


ブッチャーさんのご冥福をお祈りいたします。
そして、短い間だったけど姫に大切なことを
たくさん教えてくれたヒラヒラちゃんもありがとう。

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2007.02.27

び、び、び、びっくりした〜っ

元カシオペアのベーシスト、あたしにとっちゃぁ
永遠の王子、スーパー美丈夫さまですよ。
そ、その櫻井哲夫さんが、mixiであたしのページに
足跡を付けてくれました(*^-^*)。

最初、ふざけたHNだったので、彼のおちゃらけファン
なのかと思っていたら、本人だったw。

この興奮は、当人じゃなければわかるまい♪。
今、あたしは最高に乙女で、最高に舞い上がっています。
いくつになっても、やっぱファンはファンなんだなぁ〜。


※独りで舞い上がっているのも寂しいので、
むりやりエントリーしてみた(^_^;)。

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2006.08.23

カシオペア活動休止

きたね。今頃になって。
正式発表は8月1日。脳天に達したのが3週間後なんだから、
私のアタマも相当ガタが来ているらしい。
昨日の夕方ぐらいから、仕事がぜんぜん手につかなくなって
ずーっと曲を聴いたり、2チャンを眺めたりしてる。
「へぇ、こんなうわさ話もあったんだねー」なんて。
ライブのDVDも何回も観ちゃったよ。

カシオペアっていうのは、79年にデビューした
日本のインストロメンタルバンドで、絶頂期の80年代は
本当にキラキラした魅力を放つ素敵なグループだった。
ジャズ、ラテン、ロック、ポップスを自由に融合させた
心地のいい音楽。フュージョンというジャンルが確立されて
当時はタケノコのようにフュージョンバンドが輩出されたけど、
カシオペアの活動休止によって今も残っているのは、
結局F-1のテーマソングでおなじみの
T-SQUAREだけになってしまったな…。

寂しいとか、残念とかいう単純な感情ではないんだよね。
私自身、もうこの何年もアルバムは買ってないし、
ライブにも足を運んでいない。すでにファンではない。
でもこの人たちがいると思えれば、それだけで安心できた。
私にとってカシオペアはひとつのルーツ。生まれ故郷の
なつかしい友だちのような存在だったんだ。

私が自分を確立していく過程は、カシオペアとともにあった
といっても決して大げさではない。
音楽に目覚めはじめた10代の前半に出会った彼らの音楽は
本当に衝撃的だった。
歌がない世界なのに、音を聴くだけで広がっていくビジョン。
その色彩感溢れる鮮やかな音楽は、私の耳にはどれもなぜか
圧倒的な既視感をともなって届く。
まだ10数年しか生きていないのに、いつか大人になったときの
自分の記憶をたどっているような、不思議な感覚を覚える音楽。
一部では優等生過ぎる、明るいばかりで色気がないなんて
言われかたもしていたけれど、私はその世界観が好きだった。
カシオペアの音楽を聴いていると、いつも心がざわざわと騒いで
明るい旋律なのに涙が出てくることもたびたびだった。

インストロメンタルバンドというとどうしてもテクニックの
凄さなんかが取りざたされるけれど、確かに彼らのテクは
ものすごいものがあったけど、私がショックを受けたのは
彼らの存在そのものだったんじゃないかと思う。
「なんでこの人たちはこんなに楽しそうに、うれしそうに
演奏するんだろう…」
多分、それがまだ幼かった私の心を揺さぶった一番の原因。
この笑顔の源を知りたい。
彼らの持っているこの空気感をいつか共有する立場になりたい。
幼稚園時代も、小学生時代も「大きくなったらなりたいもの」が
何ひとつ浮かばない子どもだった私にが、生まれて初めて持った
未来への目標は恐らくこれだったんじゃないかと思う。

雑誌やメディアに次々と取り上げられて絶賛をうける彼らの
扱われ方は、インストバンドとしては今考えても破格だったと
思うし、アルバムを出すたび、ライブをするたびに新しい
才能を次々に開花させていくさまは見ていて小気味よかった。
常識も、音楽ジャンルの垣根も、国境も軽々と飛び越えていく。
その自由さと強さに私は強烈に憧れた。
(ここで言う〝強さ〟は精神的なタフさっていうこと。新しいこと
今まで誰もしてなかったことを笑顔でやってのける強さのこと。
いつでも余裕があるように見える、見せる強さに憧れた。
今思うと、当の本人たちにそんなゆとりはなかったと思うけど)
相変わらず「何になるか」はわからないままだったけれど
「彼らに近づきたい」「彼らのような大人になりたい」という
思いは確固としてあった。
東京に出てきた動機も、8割方カシオペアのライブ見たさ
会いたさだったような気がするし…。

そして、その思いは今、少なからず実現していると思う。
私は彼らのようにすごい成功を収めたりもしていないし
実質的に音楽の世界からも遠ざかってしまったけれど
彼らの音楽を聴きながら感じた〝幸せ〟を追いかけ続けて
それを形にして、手に入れることができた。
それは、自分なりの生きることの意味や理想を見つけて
それを守り、それを表現するために自分でなにかを生みだし
それを誰かの心に届けることができるということ。
素敵な仲間たちに囲まれて、心から笑える瞬間やワクワク
できる瞬間をいくつになっても持てるということ。
「みつめること」や「つながること」を開催したことで
かつて憧れていた「笑顔の絶えない彼らのステージ」に
自分もやっと立つことができたと思えた。

ここ数日、彼らのアルバムやDVDを視聴しながら
私は思ったのだ。「ここまできたよ」と。
カシオペアに出会えなければ今の私はここにはいない。
それは、はっきりと言えることだ。
彼らは、私の人生の道しるべだった。

余談だが、彼らは実際に私の人生が変わる場面に関わっている。
私のライターデビューはカシオペアのインタビューだったのだ。
幸運だし、とても不思議な偶然だと思う。
私はこのとき「願っていれば時間がかかっても夢は実現する」と
確信したし、仕事人として彼らと接する機会をもてたことで
受け身の人生やめて自分らしい幸せを追求していこうと
決めたような気がする。
ある意味でカシオペアから卒業したというか、うまくいえないけど
彼らと、というよりは夢と対等になれた気がした。
夢は見上げるものじゃなく、実はふいに隣にいたりするもので
手を伸ばせば届くものなんだと実感できた気がしたのだ。

多分、私はそれ以来、彼らのアルバムも買っていないし
ライブにも足を運んでいない。

カシオペアが活動を休止するという知らせを聞いた後
私は自分の中に湧いてきた感情が、どの種のものか
判断できない状態でいた。
時間が経ってそれが「後悔」であることに昨日気づいた。

それは、彼らのファンであることを辞めたことにではない。
ここからはファン崩れの妄想と思って読んでもらいたいのだが
私は音楽方面での執筆活動を早々に切り上げたことを
後悔していた。
駆け出しライターだった頃の私は、音楽業界独特の
しきたりや人間模様を向こうに回して書き続ける自信が
持てなかったために身をひいたのだけれど、本当は私は、
意地でも音楽について書き続けるべきだったんじゃない
だろうかと、ふと感じてしまったのだ。
恐らく、活動休止という判断を下すまでにメンバー各自、
とくにリーダーの野呂くんの中にはそうとうに苦しい葛藤が
あっただろうと思う。
とても傲慢な思いだけれど、今の私なら彼の苦しみを
理解することができたんじゃないだろうかと思ったのだ。
今の私なら、彼らの思いを聞き、理解して、誰より的確な言葉で
彼らのメッセージを世に伝えることができたかもしれないのに。
それができない自分の立場を後悔した。
考えても、もうしかたのないことだけれど。

でも、いつか、そんな機会が訪れればいいと思う。
それが多分、私に幸せなビジョンをたくさん
見せてくれたカシオペアへの恩返しになると思う。


最後まで読んでくれてありがとう。
今日の記事は、あべ自身が自分のためにまとめておく
必要があると思ったのでアップしてみました。
ちょっとイッちゃっててごめんね(笑)。

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2006.06.29

お悔やみ

ベーシストの青木智仁さんが亡くなりました。
ドラマー・神保彰氏の日記を読んで初めて知りました。
あまりに急なことで驚いています。

だいぶ前の日記にもちらりと書いたけれど、私は音楽と
深く関わり合う機会に恵まれなければ、今のような人生は
間違いなく送れていなかっただろうと思ってる。
青木さんは、私に影響を与えてくれたジャンルの音楽の
世界には、なくてはならない存在だった。

特別「大ファン!」というワケではなかった。
けれど、部活や会社の頼れる先輩のように当然そこに在るべき
存在として、青木さんが青木さんであることを尊敬していた。
彼は「いるもの」だと、なんの疑いも持たずに思っていた。

人はいつかは亡くなる。
大好きだったキーボード弾きのリチャード・ティーが
亡くなったとき、いつか自分がもっと年を取ったら
自分を励ましてくれたり人生変えるきっかけを与えてくれた
ミュージシャンたちの訃報を頻繁に耳にしなければいけない
時がくるのだろうな、とぼんやり思った。
けれど彼は49歳。あまりにも早すぎる。

これからは、CDのミュージシャンクレジットを眺めながら
「お、青木さんじゃん。相変わらず上手いよね」とか
うそぶく愉しみも、ライブパフォーマンスに拍手を送る
楽しみも味わうことはできないのだ。

ものすごく残念です。
ご冥福をお祈りします。

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2006.03.07

春の歌♪

あちこちでくしゃみに苦しむ人々の声が聞こえてくるけど
あべの花粉症は、春茅が飛び始めるGW前後なのでまだ無傷。
ちょっと空気は冷たいけれど、日差しはすっかり春なので
窓を開けつつ単行本の企画書書き。
気持ちがよいのでなんだかとってもはかどった気分。
(導入文のサンプルを書くのに3日もかかってるのだが)

BGMは『春の歌』 by スピッツ♪
そうとうノリノリです。
ここのところのヘビーローテーションは
スピッツに加えて
MONKEY MAJIK『Around The World』
宇多田ヒカル『Keep Tryin'』(笑)

あまりにミーハーでちょっと恥ずかしいのだけれど
でもじっくり聴いていると、この時分に売れる曲を作る人
ってのはやっぱいいものを持っているんだなぁって
感心しちゃう部分もけっこうあるのだ。

「将来、国家公務員なんて言うな、夢がないな」(宇多田)
「いつでも自分に負けている人は何もつかめない」(MONKEY)

2曲の中でとくに気に入ってるのはこのフレーズ。
おおー、生き方を考えるってことが、ここまで
トレンドになってきてますかぁ〜、とCDAのタマゴは
初めて聴いたときはニヤニヤしてしまったけれど
私みたいなもの書きがどれだけ言葉を呈して説教クサイことを
書いても、この歌ほどのインパクトを相手に与えることは
難しいだろうなと、白旗状態にもなってしまった。
音楽の力って、やっぱりすごい。
これだけのことをストレートにサラリと歌いきってしまう
この2組のアーティストの勇気もなかなかのもん。

この歌を聴いて、自分に一生懸命になる人がひとりでも
増えてくれたらいいな、と思う。
で、あべはあべの領域でガンバル、と。

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2005.07.26

ミュージックバトン

あんだけ盛り上がっていたのに、あべんとこには
1件もまわってこなかった…。
「私ってもしかして友だちとかいない人?」と
一瞬落ち込みかけましたが、優しいマイミクの
YASUHAさんがバトンを回してくれました。

YASUHAさんは、あべがCASIOPEAの追っかけをしていた
十数年前、ファンクラブのスタッフでいろいろお世話を
してくれた人です(^-^)。

なので、とっても今さら感はあるでしょうが、あべ、
喜び勇んで掲載させていただきます。


・コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
 4.35GB 1016曲

・今聞いている曲
 「Rain and Shine」神保彰
 iTunes のプレイリスト「Morning Tunes」に入っている
 曲からランダムに当選。
 神保くんのソロアルバムは全部持ってる。大好き(^-^)。

・最後に買ったCD
 米倉利紀「シングルコレクション2」
 いやー、ヨネちゃん好きなの♥ あのHさ加減が。
 MTVで録画したクリップはいっぱい持ってるんだけど、
 そういやCD1枚も持ってないやと思って購入。

・よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
1:「Morning Dance」Spyro Gyra
  小学6年の時このアルバムに出会ってなければ
  今のあべはなかったと思う。

2:「Mint Jams」Casiopea
  Morning Danceに出会ってなければMint Jams にも
  出会わないことになるんだけれど、このアルバムを
  知らなければ、あべが今のあべの人生を歩く確立は
  さらに低かったはず。

※以上はアルバム、残りの3枠は思い入れの強い曲3選
 ただし思いついた順。5曲には正直収められないっす

3:「Window of a Child」Sea Wind
4:「JOY」Sing Like Talking
5:「Just an Angel」佐藤博

次点「Eyes of the God」鳥山雄司、いや、メセニーの
「Last Train Home」も捨てがたい。っていうか、「Angela」
Bob Jamesかも。それともChangeの「Pradise」か
Incognitoの「Don't you worry about a thing」?(欲張り)。

・バトンを渡す5人
 えー、多分みんなまわってきてるよねー。
 どうしようかなー、思案中。
 そして思案しているうちにブームは消え去るでしょう…。

 おそまつm(__)m。

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2004.07.26

slow でラテンな夜

はい、最高でした(*^_^*)。
御大、吉田美奈子にしびれました。
プロっちゅうのはこういうもんじゃいと
体現していました。すばらしい。

詳しい話は、akechanが先に自分のブログで
レポートしているので、あべのリンクからたどって
いって、ひとまずご覧いただければと。
あべは写真の方をアップしてみました(「マイフォト」欄よりどうぞ)。
ふたりのあほづらも拝めます(爆)。

ひとつだけミソが付いたのよ。
「熱帯」のドラムスが神保くんじゃなかったの。
(そうだよな、朝までほかのバンドで名古屋にいて
なんてハードスケジュール!と不思議だったんだよ)
ひそかに、とても、悲しかった。くすん。

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